(c)Kozue Ichikawa 2004



幻のコラム

 コラムをいくつか書いたのだけど、ページ数の都合で載せられなかったものが1本あります。日下部さんも、いいお話なのであとがきに統合したら、と言ってくれました。結局あとがきにも書けなかったので、ここに紹介します。

コラム7 ◆文化人形エピソード

 私は以前プカプカ堂というお店を経営していました。ある程度の年齢(50歳以上と思われます)の女性はほとんど文化人形を知っているようです。皆一様に「懐かしいわ。昔のお人形ね」というのです。文化人形という名前は知らず、そう伝えると「あらそう。文化人形っていうの」と口を揃えてびっくりされるのです。
 そんなある日プカプカ堂にやってきたご婦人は小さい頃文化人形で遊んだお話をされました。「おんぶすると足を引きずるほど大きかったわ。そうそう、コレくらい!」その方が指差したのは、私が製作した120センチの文化人形だったのです。いくらなんでもそれでは子供がつぶれてしまいますよネ。
 また、こんな話もありました。その方は文化人形世代ではなかったようですが、小さい頃近所のお姉さんに文化人形を譲ってもらったそうです。とても気に入って大事に大事にしていた文化人形。ある日ビニールのプールで遊んでいる時、幼なじみの女の子が「この子もプールで泳ぐの」と文化人形をプールの水につけてしまいました。ああ、なんということでしょう。文化人形の顔は水彩 絵の具で描いてあったのです。もちろん顔が溶けてしまったことは言うまでもありません。そして今、私の文化人形はその方のところへ行くことになり、とても大事にして下さっています。そんなことでそのトラウマが消えることはないかも知れません。しかし、何十年も文化人形を追い求めたその想いが、新たな形で実を結んだのだと私は思います。その方の心は計り知れませんが、誰にとっても人形とはやはり特別 な存在なのではないでしょうか。
 プカプカ堂で文化人形の個展をした時のことです。ある女性は私のお人形を見てこう言いました。「今まで長い人生生きてきたけど、こんな可愛いお人形を見たのは初めて」私はその言葉を一生忘れないでしょう。そして、その言葉に恥じないようなお人形をこれからも作り続けていきたいと思います。